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大阪地方裁判所堺支部 平成4年(ワ)1309号 判決

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金五九九万六〇一七円、及びこれに対し、被告株式会社紀陽銀行は、平成四年一二月二二日から支払済みまで、同被告アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニーは、平成五年一月一二日から支払済みまで、各年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告らは、原告に対し、連帯して、金一一八九万二〇三三円、及びこれに対し、被告株式会社紀陽銀行は、平成四年一二月二二日から支払済みまで、同被告アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニーは、平成五年一月一二日から支払済みまで、各年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告らに対し、いわゆる変額保険の加入に関し、被告ら各従業員による変額保険のリスクの説明が不十分であったため、保険料と解約返戻金との差額等の損害を被ったとして、主位的に、使用者責任(民法七一五条)及び共同不法行為(同七一九条)を原因として、予備的に契約締結上の過失による債務不履行を原因とし、各損害賠償とその遅延損害金(始期は訴状送達の翌日)を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  原告は、有限会社であり、各種敷物の製造、販売、補修、加工等を業とする会社である。

2  原告は、かねてより、被告株式会社紀陽銀行(以下「被告銀行」という。)鳳支店と取引関係があり、右支店の支店長代理倉本久嗣(以下「倉本」という。)が原告の担当者であった。

3  平成元年六月ころ、倉本は、被告アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー(以下「被告アリコ」という。)の保険募集人山崎功登(以下「山崎」という。)を同行し、原告事務所を訪れ、原告代表者今中廣明(以下「今中」という。)に面会し、その際、山崎は今中に変額保険を勧めた。

4  原告は、平成元年七月一七日付けで、被告アリコの変額保険に二口加入した。一口は、被保険者が今中の終身保険で、保険料が一八九〇万二一〇〇円、基本保険金が七〇〇〇万円の変額保険であった。もう一口は、被保険者が原告従業員の訴外柴田相吉(以下「柴田」という。)の終身保険で、保険料が一八五万四八八〇円、基本保険金が八〇〇万円の変額保険であった(以下、右二口の変額保険を「本件変額保険」という。)。右各保険料合計二〇七五万六九八〇円については、同日付けで、原告が、被告銀行から、返済期日平成一一年七月一七日(一括払い)、利息年六・二パーセント(ただし、被告銀行が長期貸出最優遇金利を変更したときは、自動的にその変更幅と同幅で利率を引き下げ又は引き上げる。)の条件で借入し(以下「本件融資」という。)、一括して被告アリコに支払った。原告の被告銀行への右債務については、原告から訴外阪和信用保証株式会社(以下「阪和信用保証」という。)への保証委託により、阪和信用保証が保証し、原告は、阪和信用保証の求償権の担保のために、右二口の変額保険の保険金、解約返戻金等の各請求権に質権を設定した。

5  原告は、被告アリコに対し、平成五年九月一四日、本件変額保険の解約手続きをとり、かつ被告銀行に対し、同年九月二二日、本件変額保険の保険料と解約返戻金との差額金四八二万一五六七円を支払い、その結果、被告アリコから、阪和信用保証を通じて、被告銀行に対し、同日、解約返戻金一五九三万五四一三円が振り込まれ、被告銀行は、原告の貸金残債務に充当した。なお、原告が、被告銀行に支払った利息は、平成元年七月一七日から平成五年九月二二日まで合計六〇五万四六六円であり、本件融資契約書に貼付した収入印紙代は二万円であった。

6  通常の定額保険は、一定額の保険金、解約返戻金が保証されており、資産の運用実績による投資リスクは保険会社が負担する仕組みとなっている。一方、変額保険は、支払われた保険金の積立金の多くを、定額保険等他の生命保険の積立金の勘定(「一般勘定」という。)とは別の勘定(「特別勘定」という。)を設けて資産運用するため、その運用実績に応じて保険金額、解約返戻金が変動するものであり(ただし、わが国では、加入者保護のため、死亡、重度障害保険金については、基本保険金額として最低保証されている。)、満期保険金と解約返戻金については、運用実績によっては払込保険料より少ないといういわば元本割れする危険があり、資産の運用実績による投資リスクを保険契約者が負担する仕組みとなっている。ただ、投資リスクを保険契約者が負担するのに、保険契約時に投資先や投資量を保険契約者に明示させる規制はなく、実際明示しないのが一般である。そして、変額保険のうち、保険期間全体の保険料を契約時に全額支払う形式(一時払型)は、保険とは名付けているものの、投資信託に極めて近い性質を有することとなり、運用実績による運用利益が投資による利益となるが、一時払保険料を借入金で賄う場合は、運用実績による運用利益から、借入金利息を除いたものが実際の利益になる。

変額保険は、右のような特徴を持つため、ハイリスク・ハイリターンの商品と言われているが、収益性の高い金融商品が求められる時代背景の下、昭和六〇年五月三〇日の保険審議会答申が導入に積極的な検討を求め、昭和六一年七月に大蔵省の認可がおり、同年一〇月から発売された。もっとも、大蔵省は、資産の運用実績による投資リスクを保険契約者が負担する仕組みとなっている変額保険の特徴に鑑み、その売出しに関し、〈1〉将来の運用実績について断定的な判断を提供してはならない、〈2〉将来を予測する行為をして誤解を招いてはならない、〈3〉利益の保証をしてはならないなどを内容とする通達を出し、さらに、昭和六三年には、保険料ローンに代表される財テクを勧めるような保険本来の趣旨を逸脱した提携は行えないようにすべきであるとの口頭指導も行った。また、変額保険の特徴に鑑み、生命保険外務員に対して、特別に変額保険の販売資格制度が設けられている。

しかしながら、いわゆるバブル経済の崩壊により、変額保険における満期保険金と解約返戻金が元本割れする事態が相次ぎ、保険契約者と保険会社等の間で紛争が多発するようになった。その結果、平成六年の第一二九回国会における衆議院大蔵委員会、予算委員会第二分科会で取り上げられることとなり、予算委員会第二分科会では、国務大臣が、「(変額保険は)日本には全くなじんでいないのですね。日本の社会で、保険の中にハイリスクがあるという保険はなじんでいないのですね。」「こういうのがあるんだからいいじゃないかではなく、日本には今までなかった、日本の風土、土地になかった、ここのところだと思うのですよ。ですから、前からお話がありますように、ハイリスクがあるということを徹底して募集人が言わなければならない。」「もう一つは、やはりおっしゃったローンの話ですね。ローンをつけることによってこれを相当強く募集、勧誘したというあたりも、私はもう一つの問題点だと思います。」という答弁を行った。

なお、変額保険が認可導入された昭和六一年以降は、平成二年年初まで、昭和六二年一〇月二八日のいわゆるブラックマンデー(「暗黒の月曜日」)の時期を除いては、変額保険における資産運用の基本となる株式の価格は、ほぼ一本調子の右肩上がりの上昇を続けた。(公知の事実)

三  争点

1  山崎に説明義務違反があるか。

(原告の主張)

(一) 山崎は、倉本と共に、今中に対し、本件変額保険への勧誘の際、こもごも「〈1〉元金約二〇〇〇万円を被告銀行から、無担保、無保証人で借り、その金をそのまま被告アリコに渡すという方法で変額保険に入ってほしい、〈2〉株式市場が悪くなっても、元金より下がることはなく、一年で解約しても、一年分の金利ぐらいの利益があり、一〇年満期後に解約すれば、今中や柴田の退職金位の金が入ってくる。被告アリコはプロなのでこちらに任せてもらえれば大丈夫です。〈3〉節税になる、〈4〉この保険は優良企業にのみすすめている。」などと説明し、変額保険への加入を強く勧めたが、その解約返戻金が元本割れの危険性のあるリスクの高い商品であることの説明を全くしなかった。

また、山崎は、今中に対し、業界で定めている運用実績が〇パーセント、四・五パーセント、九パーセントの場合についての試算例を説明しておらず、通常交付すべき保険設計書を交付せず、ただパンフレットのみを交付したが、右パンフレットでは、株価や為替等が変動した時には、満期保険金や解約返戻金が、一時払保険料を下回ることになるという一番肝心な事柄が明記されていなかった。

(二) さらに、山崎は、今中に対し、本件変額保険が、本件融資と一体となっており、運用利益がそのまま利益とならず、借入金の利息を除いたものが実際の利益であるという融資契約と一体となった場合のリスクを説明しなかった。

(三) 生命保険会社は、金融商品については一般人より十分な知識があり、かつ積極的に勧誘した時はなおさら、顧客に対し、商品について誤った認識をもたらさないように説明すべき信義則上の義務がある。しかるに、山崎の変額保険、特に融資契約と一体となった変額保険の説明は全く不十分で、その行為は、保険募集に関して、重要な事実を告げないものであるから、保険募集の取締に関する法律(以下「保取法」という。)一六条一項一号に違反する違法な行為であり、私法上も、説明義務違反として、不法行為(後述の倉本の行為との共同不法行為)になるか、ないし契約締結上の過失があるといえる。

(被告アリコの反論)

(一) 山崎は、今中に対する勧誘の際、パンフレットを持参し、そこに描かれた図形を示しながら、「〈1〉変額保険は今までにない全く新しい保険であること、〈2〉株式で運用するので実績が変動すること、〈3〉運用実績が上がっている時には解約返戻金が多くなるが、逆に運用が下がっているときには解約返戻金は少なくなる、ただし、この場合にも死亡時に支払われる基本保険金は保証されること、〈4〉この保険は終身保険であるから将来の退職金としても利用できること」などと説明し、リスク商品であることを明らかにしたのであって、「株式市場が悪くなっても、元金より下がることはない」などとは説明していない。なお、変額保険に限らず、生命保険は長期の生活サイクルを視野に置いた保障システムであるから、保険数理上も契約後早期の積立金の水準は低く、早期解約の場合に極めて少ない解約返戻金しか返ってこないのが普通である。そこで、被告アリコは、加入者に最低三年以上の継続・保有を勧めているのであり、原告主張のように、山崎が「一年で解約しても、一年分の金利ぐらいの利益がある」などと勧誘することはありえない。

(二) 一方、今中は、年商八四〇〇万円を上げる会社の経営者であり、各種の銀行取引を始め、多くの経済活動を営む経済人であるし、山崎から取得したパンフレットにも変額保険の仕組みが書かれてあるのだから、山崎の右(一)の説明によって、変額保険のリスクを当然理解できたものと思われる。

(三) したがって、山崎には説明義務違反はない。山崎の説明では、リスクの説明としては不十分であるという主張があるかもしれないが、本件変額保険締結のころは、いわゆるバブル経済の最盛期であり、平成元年一二月末にダウ平均が最高値をつける約五ケ月前であり、金融界経済界はおろか、すべての人が右上がりの株価が継続すると考えていた時代である。したがって、当時の時代背景からすると、その当時の状況における通常一般的な説明、すなわち、運用実績の如何により、元本割れも有りうるという抽象的・一般的な経験を説明していれば十分であり、誰もが予想できなかった異常な経済変動まで予測してそのリスクを説明するまでの法的義務はなかったというべきである。

2  倉本に説明義務違反があるか。

(原告の主張)

(一) 倉本は、山崎と共に、今中に対し、本件変額保険への勧誘の際こもごも、前掲1(原告の主張)(一)記載の文言を述べた外、単独で、「損はしない、儲かりますよ、節税になります、堅いところにしかお勧めしません」などと述べ、変額保険への加入を強く勧めたが、変額保険が、解約返戻金において元本割れの危険性があるリスクの高い商品であることの説明を全くしなかった。

(二) また、倉本も、山崎と同じく、本件変額保険が、本件融資と一体となっており、運用利益がそのまま利益とならず、借入金の利息を除いたものが実際の利益であるという融資契約と一体となった場合のリスクを説明しなかった。

(三) ところで、本件変額保険が、本件融資と一体となっているとは、銀行融資と変額保険の加入が組み合わされたセット商品であるという意味であり、原告は、かねてより取引関係がある被告銀行の支店長代理で面識のある倉本が介在し本件融資を行ったからこそ、本件変額保険に加入したのである。

(四) 銀行は、金融商品については一般人より十分な知識があり、かつ社会的に信用の高い地位や銀行法の趣旨からして、融資契約をする場合は、借入側が過大なリスクを負担することがないよう審査し、借入側の安全を確保する義務がある(融資契約に伴う銀行の契約締結上の付随義務ともいえる。)。そして、この義務は、銀行から融資対象案件を借入側に持ち込み、その融資対象案件を融資契約と一体で勧誘する場合には、より重いものになり、銀行は融資対象案件の安全性をより厳密に調査し、借入側に取引きのリスクに関して正確な情報・知識を与えた上で、冷静で合理的な判断が出来る機会を与えなければならない。

しかるに、倉本の変額保険、特に融資契約と一体となった変額保険の説明は全く不十分で、誤った情報も伝えており、銀行の従業員として課せられる説明義務に反しているし、そもそも、倉本は、生命保険募集人ではないのに、変額保険の勧誘を行っており、保取法九条に違反しており、その行為は、山崎と同じく、私法上不法行為(山崎の行為との共同不法行為)なるか、ないし契約締結上の過失があるといえる。

(被告銀行の反論)

(一) 本件変額保険の勧誘を行ったのは山崎であり、倉本は行っていない。倉本は、変額保険についての具体的説明や「損はしない」「儲かりますよ」といった勧誘行為は絶対していない。倉本は、別の用件のついでに変額保険があることを話したところ、今中が興味を示したために、山崎を今中に紹介しただけであり、変額保険の説明、勧誘、契約の締結手続等はすべて山崎が行い、倉本は一切関与していない。倉本は、あくまで、原告に金員の融資手続きをしたにすぎないのである。

(二) 山崎は、今中に対し、変額保険のリスクを含め法的に十分な説明をしたのであり、今中はその地位や活動内容からして、変額保険のリスクについて十分判断できたはずであり、山崎、ましてや倉本に説明義務違反の問題はおきないはずである。

(三) ところで、原告の主張する本件変額保険と本件融資との一体性であるが、別個の契約である本件変額保険の瑕疵を負担させられるような一体性は本件融資との間にはないし、本件変額保険に必ず本件融資が伴うわけではないから、セット商品ともいえない。もっとも、倉本は、今中に山崎を紹介等しているし、本件変額保険の締結により、反射的に被告銀行の本件融資が成約されたかもしれないが、それは経済活動上、通常発生する交流にすぎず、山崎と倉本、あるいは被告らの間に、法的共同責任の根拠となるような一体性は存在しない。

(四) また、原告の主張する被告銀行の説明義務であるが、本件変額保険は原告と被告アリコとの契約であり、本件変額保険と本件融資とは厳然と区別されるべきものであり、保険契約の主体たる被告アリコの資格ある募集人が今中に直接面談して商品について説明している以上、被告銀行、ないし倉本としては、山崎の説明に任せるしかない。また、変額保険は、その募集に特別な規制が存し、保取法では、損害保険会社の役員、使用人、生命保険募集人、損害保険代理店以外のものは募集が禁止されており、被告銀行が深く説明したりすれば、右法律に違反することになりかねない。したがって、被告銀行には、説明義務は発生する余地がないし、実際倉本は何の説明もしていないから、保取法九条にも違反しない。

なお、万一被告アリコに説明義務違反があったとしても、前述のように本件変額保険と本件融資に一体性はないから、被告銀行は被告アリコと共同して責任を負担する関係にない。

3  損害

4  過失相殺

(原告の反論)

過失相殺はすべきでない。

第三  争点に対する判断

一  争点1、2について。

1  <証拠略>によると、次の事実が認められる。

(1) 原告のもともとの取引銀行は訴外泉州銀行株式会社であったが、昭和六三年ころに被告銀行に変更し、その担当が平成元年四月以降倉本であり、倉本は、月二回、すなわち毎月一〇日すぎに小切手の集金、二〇日すぎに給料支払いの準備に原告事務所を訪れる関係であった。

(2) 被告銀行本店の紹介で、被告アリコの神戸三宮営業所勤務の従業員である山崎が、変額保険について新しい客を紹介してほしいということで被告銀行鳳支店を訪れていたため、倉本は、変額保険について一応の概要を知り(正確には理解していなかった。)、担当している会社に声をかけていた。山崎とは共に一〇数社回り、銀行融資を受けて保険料を支払う変額保険契約を二件成立させていた。倉本の経験では、保険会社と共に融資先を回ったのは、被告アリコの関係だけである。そして、倉本は、平成元年六月ころ、原告に電話をし、代表者である今中に対し、「いい話があるのですが、いつ伺えばよいでしょうか。」と尋ね、翌日原告事務所を訪問した。そして、定額保険にしか入っていなかった今中に対し、変額保険の話をし、「損はしない、儲かりますよ。だから入っていたほうがいいですよ。」「保険証券を担保に掛金は全額融資します。」「節税にもなりますから。社長のように堅いところにしかおすすめしていません。」などと説明した。今中は、変額保険に興味を示し、倉本に対し、パートの従業員でも入れるのか尋ねたところ、倉本は返答できなかったため、山崎に聞いてくることになった。

(3) 倉本は、山崎に聞いて、パートの従業員が変額保険に入れないことを今中に伝えたが、右(2)の訪問から約一週間後に、山崎と共に原告事務所を再度訪問した。この日、山崎は、倉本からの電話で別のところを倉本と共に訪問していたが、そこでは変額保険が成約できなかったために、原告事務所を訪問することになった。

山崎は、今中に対し、変額保険は、インフレに対応した保険であること、株式・債権で運用し、運用益が出れば客に還元し、保険会社は手数料だけもらうこと、本件変額保険は法人契約なので、銀行に月々支払金利が経費として控除できることなどを説明し、この種事例でよく見かける保険設計書の交付はしなかったが、パンフレット(以下「本件パンフレット」という。)を示しながら、変動はあるものの、長いカーブでみると全体的に右上がりになっていくので、その意味でインフレ対策になる、万一死亡したときは最初の保険金額は保証される、一〇年後に解約すれば、今中や柴田の退職金位の利益がでるなどと説明した。また、山崎は、途中解約の場合、運用が上手くいかなかった時は、減った部分に対してしか解約返戻金が出ないことを一般論として説明したが、今中には株式等に対する投資を行った経験がなく、山崎が本件パンフレットの表を使って、変額保険に関する運用実績がどの程度の時にどの程度の利益や損失がでるか具体的な説明をせず、銀行融資の利息との関係も全く説明しなかったので、山崎から被告アリコは株のプロであり損はさせないなどと聞いたこともあって、今中は、途中解約の場合、解約返戻金が元本を割る可能性があることを具体的に認識できなかった。また、右(2)の倉本の説明もあって、変額保険では利益が上がるだけで損失は生じないものだとの誤解をすることとなった。なお、今中に対する説明の際、山崎が、今中の投資経験について尋ねたり、株式等について詳述した形跡や、今中に変額保険の内容について質問を促し、問い、答えの形でやりとりがなされた形跡、それに今中が変額保険についてどの程度理解したか確認した形跡はいずれもない。

今中、山崎と同席していた倉本は、山崎の説明を聞いて、変額保険にはリスクがありうるが、そのリスクが具体的金額としてどの程度のものか、解約返戻金の幅がどの程度のものか理解できず、長期的には右上がりであって解約返戻金が減ることはなく、保険契約者が大損することはないと考えていた。なお、倉本は、山崎の説明を聞いて、長期的な変動が心に残り、短期的な変動については特に意識をするほどではなかった。

(4) 本件パンフレットには、見開きに、変額保険の説明として、約一一ミリメートル画の文字で、「終身の保障を一時払いで確保。保障額は運用実績が示します。」との記載、約六ミリメートル画の文字で、「『変額保険』を正しくご理解いただくために。」として、五つのポイントを挙げ、約四ミリメートル画の文字で、「『変額保険』とは、保険料が一定で、保険金額が特別勘定の資産の運用実績に基づいて増減する生命保険です。」「死亡または高度障害となられたとき基本保険金+変動保険金を死亡・高度障害保険金としてお支払いします。保障は一生涯続きますので、安心です。」「基本保険金は、運用実績にかかわらず最低保証します。」「ライフサイクルに合わせて、保障に変えて解約返戻金をお受け取りになり、老後の生活資金に活用することもできます。その場合、ご契約は消滅します。解約返戻金は運用実績により変動します。」「保険料は一括してお払込みいただきます。」との記載がそれぞれある。また、一時払い保険料約一三九万円、基本保険金五〇〇万円の事例が、図と表で説明され、表の方では、運用実績が九パーセントの場合、四・五パーセントの場合、〇パーセントの場合に、経過年数三年、五年、一〇年、一五年、六〇歳時、七〇歳時、八〇歳時に、死亡・高度障害保険金、返戻金がそれぞれ幾らになるのかが記載してあり、運用実績が九パーセントの場合、四・五パーセントの場合は、解約返戻金は保険料に比べて常に加算され、運用実績が〇パーセントの場合は、常に減額されるように読める。もっとも、運用実績がマイナスの場合の解約返戻金の減額の程度や、保険料を銀行借入した場合の銀行利息を考慮した収支(例えば、本件では、当初年六・二パーセントの利息による借入なので、運用実績が四・五パーセントの場合は、解約返戻金は常に減額されることになり、運用実績が九パーセントの場合でも、経過年数三年では解約返戻金にほとんど加算がないことになる。)は、本件パンフレットからは読み取れない。なお、本件パンフレットの見開きの裏面に、約二ミリメートル画の文字で、「解約返戻金はお払込みいただいた保険料そのままではありません。特にご契約後しばらくの間は返戻金は全くないか、あってもごくわずかな場合があります。解約返戻金は、運用実績によって毎日変動します。したがって、定額保険とは異なりあらかじめ確定した金額のお支払いをお約束するものではありません。」との記載がある。

(5) 今中は、前記(3)のように誤解し、かつ取引先の被告銀行の倉本が持ち込み勧める話であるので、主に従業員の退職金の積立てのために変額保険に加入することにした。そして、倉本に試算してもらい、銀行に対する返済が可能な範囲で本件変額保険の保険料を約二〇〇〇万円とすることにした。その後、変額保険なので、今中が医師の診断を受けなければならない話となり、診断日を決め、病院の場所は倉本の案内で行くこととなった。なお、今中は、変額保険の解約返戻金を退職金がわりに使うことを従業員に話していた。

(6) 今中は、平成元年七月四日、倉本の運転する被告銀行の車で、山崎の指定する医院に向かい、そこで医師の診断を受けた。被告アリコでは、健康診断は嘱託医で行うようであるが、今中の場合、居住地域に嘱託医がいないため、山崎が電話帳で医院を探して健康診断を受けさせ、診断料を現金で支払った。しかし、右診断については、被告アリコ本社契約課長の許可を得ていなかったため、右診断後、山崎の上司から、被告アリコ契約課長宛に、「嘱託医以外の診査と診査料の特認申請」と題する文書が提出され、事後の届けを詫びる結果となった。

(7) 山崎は、右(6)の健康診断の当日、原告に本件変額保険契約申込書を作成してもらい、被保険者である今中、柴田の各署名、押印をもらった上、同人らの健康状態等の各告知書を作成させた。ただ、本件変額保険契約申込書の申込日は空白であった。

(8) 山崎が原告から本件変額保険契約申込書を取得してから、被告アリコでの審査が始まり、山崎の属していた被告アリコの神戸三宮営業所から被告アリコ本社契約部への平成元年七月四日付仮査定送付状には、もともと金融機関名を書く欄があり、ここに既に「紀陽銀行」が記載され、同日付けの仮査定依頼書にも、手書きで「紀陽銀行BPVWL」の書き込みがあるなど、審査は、被告銀行の保険料融資を当然の前提にしていた。そして、審査の一環として、同月一〇日には、被告アリコ従業員訴外阪上幸子(以下「阪上」という。)による今中に対する契約前面接調査が行われたが、阪上は被告会社への報告書の中で、今中にモラルリスクの懸念はないとし、特記事項の中では、今中との面接で「この保険は紀陽銀行のすすめで申し込んだ」との回答があった旨の記載をしているなど、原告の加入動機が被告銀行の関与にあることが審査の過程でも明らかになっていた。

(9) 山崎は、被告アリコの審査が終わった後、倉本に対し、一括払いの保険料を送金してほしいとの連絡をしたので、倉本は、平成元年七月一七日、原告事務所に赴き、今中から、本件融資に関する契約書、原告から阪和信用保証への保証委託申込書兼契約書、求償権の担保のために被告アリコが用意した用紙を用いた質権者阪和信用保証、質権設定者原告等による本件変額保険への質権設定承諾請求書について、原告代表者の記名押印等をもらった。そして、同日、被告銀行から原告指定預金口座へ、さらに原告指定預金口座から被告アリコへ、本件変額保険の保険料が送金されている。その結果、本件変額保険契約申込書の申込日にも、「平成元年七月一七日」が補充された。

(10) 山崎は、原告の本件変額保険加入後、保険証券の写しを原告に届けたが、右写しには、解約返戻金額表が記載されていたものの、運用実績が四・五パーセントの場合のみの記載であり、解約返戻金が保険料元本を割り込む可能性については、具体的に表現されておらず、右表の説明で、小さな文字で「運用実績または契約内容の変更、保険料率の改訂が生じた場合などにより、上記金額から増減することがあります。」と記載があるのみであった。なお、山崎は、変額保険の契約のしおりや約款の類は原告に交付せず、後記(11)の紛争が生じるまで、被告アリコから、原告に対し、変額保険の運用実績が報告されることはなかった(本件パンフレットには、「運用実績については事業年度ごとにご契約者にお知らせします。」と記載されている。)。

(11) 今中は、本件変額保険加入後、株式の動向や変額保険の運用実績の変化に特段関心を持っておらず、平成二年年初の株価暴落の際も、被告アリコ等に問い合わせするなどはしなかった。そして、本件変額保険加入一年後、コンピューター付織機を買う契約をするため、倉本に本件変額保険の解約を申し入れたところ、倉本から連絡を受けた山崎から電話があり、解約返戻金が保険料元本を割り込んでいることが判明した。このため、変額保険では損失は生じないものだとの誤解をしていた今中と、被告アリコ、同銀行の間で紛争になった。紛争後は、被告アリコは、原告に運用実績を連絡するようになった。なお、紛争後の今中と被告銀行鳳支店長の話し合いの中で、右支店長は、被告アリコという外資系の保険会社が客を直接回っても中々相手にしてもらえないので、銀行の紹介の中で一緒に回ったことを認めていたし、紛争後山崎が今中に説明に行く際にも、倉本と同道したことがあった。

2  右1の認定に関しては、認定に反する当事者の主張、反論がある。

(1) まず、原告は、山崎が、本件変額保険を一年で解約しても、一年分の金利ぐらいの利益があると説明したと主張し、甲一、原告代表者本人供述には右主張に沿うと共に、今中が一年後に本件変額保険契約を解約する旨を明言していたとの内容がある。しかしながら、前記第二の二4、及び右1(2)の各認定事実のとおり、今中は、変額保険に興味を示した際、パートの従業員でも入れるのか尋ねているし、実際、契約した本件変額保険のうち一口は被保険者が従業員であるし、甲二によると、別の従業員にも、本件変額保険で退職金が払える旨の話をしていることが認められるから、今中は退職金支払を主たる目的として本件変額保険に加入したと認めるのが相当である。そうすると、今中が一年後の解約を明言していたとか、それを前提に山崎が、本件変額保険を一年で解約しても、一年分の金利ぐらいの利益が得られるとの説明をしていたとの甲一、原告代表者本人供述の内容部分は信用できず、原告の主張は採用できない。

(2) 次に、被告銀行は、本件変額保険の勧誘を行ったのは山崎であり、倉本は勧誘を行っていないし、変額保険についての具体的説明や「損はしない」「儲かりますよ」といった勧誘行為は絶対しておらず、倉本は、別の用件のついでに変額保険があることを話したところ、今中が興味を示したために、山崎を今中に紹介しただけであると反論し、乙A一や証人倉本久嗣証言には、右反論に沿う内容もある。しかしながら、乙A一や証人倉本久嗣証言では、倉本が「会社が契約して、社長さん及び従業員さんに掛ける保険があります。保険料は一括払いですが、被告銀行が融資できます。」と説明したところ、今中が大変興味を示したというのであるが、この程度の説明で今中が何故興味を示すのか疑問である。また、前記認定のとおり、倉本は変額保険についてかなり積極的に行動し(1(2))、本件変額保険に深く関与し(1(2)、(3)、(5)、(6)、(9))、今中の加入動機形成に深く影響を与えているから(1(5)、(8))、右説明程度しかしなかったとは到底思われない。したがって、乙A一や証人倉本久嗣証言の内容部分は信用できず、被告銀行の主張は採用できない。

(3) また、被告アリコは、山崎が、今中に対し、運用実績が上がっている時には解約返戻金が多くなるが、逆に運用が下がっているときには解約返戻金は少なくなるなどと説明し、リスク商品であることを明らかにしたと反論し、証人山崎功登証言には右反論に沿う内容もある。確かに、前記認定事実のとおり(1(3)、(4))、山崎は今中に対し、子細に読めばリスクがあることを読み取れるパンフレットを交付し、株式・債権で運用することも説明しているから、証人山崎功登証言のとおり、リスクに触れたとする方が自然であり、その限度では被告アリコの反論は理由がある(1(3)でもそのように認定した。)。しかしながら、前記認定のとおり(1(3))、今中がリスクを具体的に認識できなかったのは確かであり、同席していた倉本の認識でさえさほど違わないものであったのであるし、リスクを具体的に認識できるための努力を山崎がした形跡はない上、そもそも、山崎にはそのような説明をする能力があったのか(証人山崎功登証言では、変額保険の販売資格を有していたというのであるが、昭和六三年一〇月から被告アリコで働き、入社して一年経ってから資格をとったというのであり年数が合わないし、本件変額保険契約申込書には、「募集者氏名コード・有資格者」欄に、本件変額保険交渉に全く関与していない訴外紀陽興産株式会社名が記され、山崎の名は「共同募集者氏名コード」欄に記され、「共同募集の場合は、販売資格を有する者が必らず同行すること。」という注意書きが存在するから、山崎が平成元年六、七月ころの本件変額保険勧誘の際に、販売資格を有していたか判然としないというべきである。証人山崎功登証言でも、本件変額保険契約申込書の記載については、納得できる説明ができていない。)、またそのような意思があったのか(前記1(6)の健康診断の手続きを始めとして、山崎は功をあせっていた印象がある。)疑問である。したがって、山崎のリスクについての説明は、一般的なものにすぎず、被告アリコの反論が、山崎はリスクに触れたとする限度以上のことを意味するなら、その点については採用できない。

(4) そして、被告アリコは、今中が、年商八四〇〇万円を上げる会社の経営者であり、各種の銀行取引を始め、多くの経済活動を営む経済人であるし、山崎から取得したパンフレットにも変額保険の仕組みが書かれてあるのだから、山崎の説明によって、変額保険のリスクを当然理解できたはずであると反論する。確かに、乙B二の1、3、4、三の1、原告代表者本人供述によると、今中は数千万円の年商を上げる会社の代表者であり、銀行と当座、預金、借入等の取引きをしていたことが認められるし、前記1(4)の認定事実によると、本件パンフレットに解約返戻金のリスクの記載(表、文章)が全くないわけではない。しかしながら、前記1(3)のとおり、今中は株式等に対する投資を行った経験がないし、前記第二の二6のとおり、変額保険は、昭和六一年一〇月から発売された歴史の浅い保険で、仕組みに複雑なところがあり、従来の定額保険とかなり性格を異にする投機的色彩の強い保険である。また、前記1(3)(4)のとおり、山崎が本件パンフレットの表を使い変額保険に関する運用実績がどの程度の時にどの程度の利益や損失がでるか具体的な説明をしていないし、右文章の方は、記載位置、文字の大きさにおいて十分なものとはいえない。よって、今中の社会的地位や銀行取引の経験、それにパンフレットの記載が決定的なものとは思われず、山崎の説明によって、変額保険のリスクを当然理解できたはずであるとまではいいがたく、被告アリコの反論は採用できない。

(5) さらに、被告銀行は、本件変額保険と本件融資とは別個の契約であり、本件変額保険の瑕疵を負担させられるような一体性は本件融資との間にはないし、本件変額保険に必ず本件融資が伴うわけではないから、セット商品ともいえないと反論する。確かに、法律上、本件変額保険と本件融資とは別個の契約であることは疑いをいれない。しかしながら、前記1で掲げた証拠には、本件変額保険と本件融資が深い関係にあることを示す内容が数多くあり、そのとおり認定できる場合が少なくないから(前記1(2)(3)(5)(6)(8)(9)(11)の山崎と倉本の知り合った経緯、山崎と倉本の従前の勧誘方法・実績、本件変額保険の持込態様、山崎と倉本による本件変額保険の勧誘方法、基本保険金の決定方法、健康診断の立会い、書類の記載方法・内容、紛争発生後の被告ら関係者の対応)、本件変額保険の瑕疵を被告銀行に負担させられるかどうかは別にして、本件変額保険と本件融資との関係に関する限り、被告の反論は当を得ず、採用のかぎりでない。

3  そこで、前記1の認定事実の外、前記第二の二の認定事実を前提に、山崎、倉本の説明義務違反について検討する。

(一) 山崎の説明義務違反

(1) 一般に、業者が金融商品を自ら販売しようとして、顧客に紹介、勧誘する場合、金融商品についての知識、情報に格差があるのが通常であり、顧客としては、業者の説明に頼らざるをえないことや、右説明が顧客の意思決定に重要な働きをすることが少なくないこと、それに各種業法等も勧誘時の説明、ないし説明文書等に関し行政取締的に種々の規制を行っているところであることからすると(例えば、保険の場合は、保取法一四条ないし一六条)、業者は、顧客に対し、信義則上、金融商品の仕組み、内容について説明する義務があるというべきである。ただし、顧客も、金融商品の購入、加入により、利益を得ようとする契約当事者であり、契約締結が強制されているわけでもないから、リスクが現実化した場合、自己責任が働きうる。そこで、両者の調和と公平を図るために、業者の説明義務の範囲・程度に関しては、新しい金融商品の性格、社会への浸透度、勧誘の態様、額、顧客の投資経験、商品知識、購入目的、資金の性格等を総合考慮して個々具体的に決定されるべきであり、資料をみれば金融商品の性格はわかるはずであるとか、損失の可能性のない投資などありえないから顧客は損失の可能性がわかるはずであるとかいう一般論だけを重視すべきではない。

(2) これを本件についてみるに、前記第二の二6の認定事実によると、金融商品である変額保険は、定額保険と比べ、仕組み、内容が大きく異なり、複雑で、保険契約時に投資先や投資量を保険契約者に明示させる規制や実態がないのに(その意味では顧客には情報があまりなく、保険会社の投資手腕に過度に依存する性格がある。)、投資リスクを保険契約者が負担するのが一つの特徴になっており、ハイリスク・ハイリターンの商品として、特別の通達や販売資格制度が設けられたもので、総じて、わが国社会に従前なかった保険であるといえるが、その歴史は浅く、販売開始から本件変額保険契約まで二年九か月しか経っていなかった保険である。また、前記第二の二4、及び前記1の各認定事実によると、本件変額保険は、山崎が、提携のような関係にある倉本を通じて、今中に持ち込んだものであるが(1(2))、今中は変額保険だけでなく、株式等に関する投資経験もなく、投資者としては素人に近い存在であり(1(3))、その加入目的は主に従業員の退職金の積立てのためという安定的なものであるのに(1(5))、本件変額保険に加入した額は保険料約二〇〇〇万円と高額で、しかも被告銀行からの借入によるものである(第二の二4)。

右のような変額保険の性格や歴史、及び本件変額保険の勧誘方法(持込方法)、今中の知識、経験、目的、負担額等を総合すると、山崎は、保険会社の一員として、今中に対し、かなり程度の高い説明義務を負っていたというべきであり、変額保険の内容、特に、原告が投資リスクを負担し、解約返戻金が元本割れしうることを、資料等も用い事例を示しながら、どういう場合にどの程度元本割れの損失が出るかを、銀行利息との関係も含めて具体的に説明した上、今中に質問を促し、最終的には今中に元本割れの損失を具体的に認識できたか、誤解がないかを確認する義務まであったというべきである。

しかるに、前記1(3)(10)の認定事実によると、山崎は、本件パンフレットを示しながら、変額保険の内容をある程度説明したといえるものの、解約返戻金が元本割れしうるという肝心のことについては、一般論として説明したにとどまり、事例を示しながら、どういう場合にどの程度元本割れの損失が出るかを、銀行利息との関係も含めて具体的に説明しなかったのであるし、その後、今中に質問を促した形跡や、最終的には今中に元本割れの損失を具体的に認識できたか、誤解がないかを確認した形跡がないし、資料の提供も不十分であった(そもそも、今中の投資経験について尋ねたり、株式等について詳述した形跡や、今中と問い、答えの形でやりとりした形跡がいずれもないことの外、前記2(3)のとおり、山崎の説明能力、意思に疑問があることからすると、山崎は今中の具体的理解を問題にせずに、一方的に説明したのではないかという印象が拭いきれない。)。その結果、今中に誤解を生じさせ、投機性の強い金融商品に投資した人間にしては株式の動向等に無関心な態度を続けさせたばかりか(前記1(11))、今中への説明の際に同席した倉本にさえ今中とさほど異ならない認識をもたせるに到ったのだから、山崎の説明は明らかに不十分であり、説明義務違反として違法であり過失があるといわざるをえない。

(3) 被告アリコは、本件変額保険締結のころは、いわゆるバブル経済の最盛期であり、すべての人が右上がりの株価が継続すると考えていた時代背景からして、その当時の状況における通常一般的な説明、すなわち、運用実績の如何により、元本割れも有りうるという抽象的・一般的な経験を説明していれば十分であり、誰もが予想できなかった異常な経済変動まで予測してそのリスクを説明するまでの法的義務はなかったと反論する。確かに、本件変額保険締結のころの経済状態は、被告アリコの反論のとおりであり、誰もが予想できなかった異常な経済変動まで予測してのリスクを説明するまでの法的義務はないであろう。しかしながら、本件では、そのような異常な経済変動まで予測したリスクの説明が問題なのではなく、そもそも、従来日本にない性格の保険で、しかも投機性が高く、リスクを負わざるをえなくなる場合がありうる保険を、投資者としては素人に近い顧客に、高額の保険料で加入させる場合に、その保険本来の性格をどこまで具体的に説明させるべきかという問題であるから(現実の具体的な経済状態を前提にしたものではなく、好景気の時でも不景気の時でもしなければならない義務の問題であるから、その意味では抽象的・一般的な内容を説明する場合の程度の問題である。)、採用の限りでない。

(二) 倉本の説明義務違反

(1) 一般に、銀行の顧客が保険への投資をするために、銀行に融資を申し込み、銀行がそれに応じる場合、保険契約と融資契約は法律上別個であり、保取法九条で銀行は保険の募集をすることは行政取締法上できないから、銀行が顧客に保険の説明をする義務は原則としてなく、保険会社の説明義務だけが生じうる。ただし、すべての場合に右原則を貫くことはできず、保険勧誘への銀行のかかわり方等によっては、特段の事情のある場合、保取法九条の趣旨に反しない限度で、銀行にも保険の説明ないしそれに類似した行為をとる義務が生じうるとするのが信義則にかなうであろう。

(2) これを本件についてみるに、前記1(2)(3)(5)(6)(9)の各認定事実によると、倉本は、自ら変額保険を電話及び訪問により原告方に持ち込み、「損はしない、儲かりますよ。」などと勧誘し、その後山崎を同行し、同席の上説明させ、保険料計算をなした上、後日の健康診断にも被告銀行の車で運転をして同行し、被告アリコの審査後、山崎から直接連絡を受けて本件融資に関する書類作成のために原告事務所に赴いている。また、前記1(1)(5)(10)の認定事実によると、倉本は、原告の取引銀行である被告銀行の原告担当者であり、その倉本が持ち込み勧めたことも動機となり、今中が本件変額保険に加入したのであり、前後の状況からして、倉本には右動機を容易に認識できたと推測される。

右のような本件変額保険に対する倉本の深い関与の外、原告と被告銀行の関係、今中の本件変額保険加入動機とその認識可能性からすると、本件は特段の事情が認められる場合であり、倉本には、被告銀行の一員として、変額保険の内容について積極的な説明をする義務はないものの、少なくとも、山崎の説明によって、今中が変額保険の内容について誤解している時は、誤解を解くための説明を自らするか、山崎に再度の正確な説明を促すべきであるという消極的な説明義務が生じるというべきである。そして、このような消極的な義務は、変額保険の加入を必ずしも促すとはいえないから(誤解は、通常、変額保険を実態以上に期待する場合に問題になるであろうから、誤解を解くことは、変額保険の加入を抑制する方向に働く。)、生命保険募集人等以外の保険勧誘を禁じた保取法九条の趣旨に反しない。

しかるに、前記1(3)の認定事実によると、今中は、途中解約の場合、解約返戻金が元本を割る可能性があることを具体的に認識できず、変額保険では利益が上がるだけで損失は生じないものだとの誤解をすることとなったのに、倉本は、誤解を解くための説明を自らしたり、山崎に再度の正確な説明を促したりしていないことが明らかであるから、消極的な説明義務違反として違法であり、過失もあるといわざるをえない。もっとも、前記1(2)の認定事実によると、倉本は、変額保険について一応の概要を知っていただけで、正確には理解していなかったようであるが、自ら本件変額保険を持ち込み、以後深い関与をした以上、正確に理解しておくべきものであって、倉本の理解不足は、右消極的説明義務違反の存否の判断を左右しない。

(3) 被告銀行は、変額保険について、説明義務を負わないことを縷々主張するが、右(2)のとおりであって、特段の事情のある場合は消極的説明義務を認めることが信義則にかなうのであるから、その主張は採用できない。

4  山崎、倉本の各説明義務違反は、同一の変額保険に関する同一機会のものであり、共同不法行為といえるから、その使用者たる被告アリコと被告銀行は、共同不法行為の使用者責任を負う。

三  争点3、4について

1  前記第二の二5の認定事実によると、原告の損害は、本件変額保険の保険料と解約返戻金との差額金四八二万一五六七円、被告銀行への支払利息合計六〇五万四六六円、本件融資契約書に貼付した収入印紙代二万円、及び弁護士費用であることが認められる。

2  前記二の3(一)、(二)のとおり、山崎、倉本には、いずれも説明義務違反の過失があり、欺罔等の故意ないしそれに近い状況があったとはいえないものの、変額保険の基本的部分についての説明義務違反であり、過失がさほど軽いものともいいがたい。一方、前記一1(3)(4)の認定事実によると、今中は、山崎から、途中解約の場合、運用が上手くいかなかった時は、減った部分に対してしか解約返戻金が出ないことを一般論として説明を受けており、山崎から手渡された本件パンフレットを子細に検討し、理解できないところは山崎に質問して疑問を氷解させれば、解約返戻金が元本割れしうることを具体的に認識でき、どういう場合にどの程度の損害になるかも認識することも可能であったといえる。よって、今中にも落度があり、その落度は損害発生に寄与したということができる。そして、右各落度を比較すれば、五対五と判断するのが損害の公平な分担の理念に合致すると考えられる。

なお、被告らは、過失相殺を具体的に主張していないが、それを基礎づける事実は主張しているし、原告も過失相殺はすべきでないと主張し防御もなされているから、過失相殺を考慮しても弁論主義上問題はない。

3  そこで、本件変額保険の保険料と解約返戻金との差額金、被告銀行への支払利息、印紙代の合計を二分の一にすると、五四四万六〇一七円であり、その一割程度の五五万円を弁護士費用として相当として認める。

第四  結論

以上によると、原告の請求は主文の限度で理由があるから(附帯請求は、共同不法行為後を起点としていることが明らかであるから、請求の全期間について理由がある)、これを認容する。

(裁判官 浅見宣義)

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